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長浜曳山祭 宮町組髙砂山 長浜曳山祭 宮町組髙砂山

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Trace Out of Hikiyama Festival

長浜曳山祭は、約四百五十年前、戦乱の武将、豊臣秀吉が長浜に築城し城下町を形成した頃から始まる。

戦国時代には、他の社寺と同様に兵火のため衰微したが、天正元年(一五七三年)織田信長から浅井氏滅亡のあと、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が長浜の地を領するようになると、その復興に力をつくし、社領を寄進し社殿の造営を行った。

なお、当時たまたま秀吉に男子が生まれ喜んだ秀吉は、そのお祝として長浜の町民に砂金を振舞った。そこで町民たちは、その砂金をもとにして曳山をつくり、八幡宮の祭礼に曳きまわったというのが曳山祭のはじまりだと伝えられている。

曳山の舞台で少年が演じる子供狂言(歌舞伎)は、いつごろからはじまったか全く不明であるが、明和年間(一七六四年〜一七七二年)には既に行われていたことが史料に記されている。

秀吉在城当時から商業都市として栄えた長浜は二百数十年前頃、当時の名工の技術を結集した現在にみる豪華な曳山十二基を完成させた。その曳山の舞台で今日まで子供狂言(歌舞伎)が演ぜられ、幾月間の準備と多数の町民の動員により九日間にわたって繰りひろげられる絢爛豪華な長浜曳山祭は日本一といっても過言ではないであろう。

ここが見どころ!曳山まつり

四月九日の線香番・裸参りから始まって、四月十七日の御幣返しまで、曳山祭の祭典行事は実に九日間(正式には十三日の御幣迎えから五日間)にわたって繰りひろげられます。すべての行事を理解してみるのは楽しいものですが、それも大変です。
そこで「ここは必見!」という見所を紹介することに致しましょう。

ここが見どころ!曳山まつり ここが見どころ!曳山まつり

長浜 曳山祭 祭礼行事日程紹介

長浜曳山祭は、曳山狂言(歌舞伎)で有名ですが、これを見ただけでは本当に祭りを知った事にはなりません。
それに先立つこと一カ月以上も前から、色々な行事が行われています。
裸参りや御幣迎え、登り山や夕渡りなども祭りの気分を盛り上げる重要な行事です。これら長浜曳山祭(髙砂山)の祭礼行事について順を追ってご紹介します。

長浜 曳山祭 長浜 曳山祭

長浜曳山祭 髙砂名場面集

髙砂山の歴代の名役者がご覧になれます。

髙砂山 宮町組

曳山とは、祭礼の際に引いたり担いだりする山車(出しもの)のことで、長浜の曳山は江戸時代の職人による伝統工芸を結集した精巧な飾金具や彫刻、当時の有名絵師が描いた絵画やヨーロッパなどで製作された幕類で彩られ「動く美術館」とも呼ばれています。
長浜には13基の曳山が伝わっており、長浜の町を13に分けた山組が各曳山を所蔵しています。13基のうち長刀山は、露台に太刀を飾る飾り山形式の曳山です。残りの12基は、前方が、子ども狂言(歌舞伎)が行われる4畳半の舞台となっており、幕で囲まれた後方は、子どもたちの楽屋になっています。また、亭(ちん)と呼ばれる2階部分では囃子(しゃぎり)を演奏します。
髙砂山には「元山」という表記があり、12基の内最初に建造されたという説があります。

若キ者・しゃぎり隊

私たちと一緒に世界に誇れる祭り、ユネスコ無形文化遺産の長浜曳山祭を盛り上げていきませんか。
興味のある方、祭に参加したい方、しゃぎりを習わせたい方など、先ずはご連絡ください。